本ページは一般的な整理であり、個別の事案への当てはめは、固定資産税の課税明細・契約書・帳簿などの資料を確認したうえで行う必要があります。法令等は令和8年4月1日現在のものを確認しています。
結論
結論
家賃と役員借入金の相殺は、現金のやり取りを省く方法として成立し得て、帳簿上の整理としてただちに否定されるものではないと考えられます。
ただし、相殺しても家賃の額が「通常の賃貸料の額」以上であるかの判定は変わりません。不足すれば役員への給与課税と源泉徴収の問題が残ります。
また、役員借入金が尽きた後の未収家賃や貸付金は、認定利息や役員賞与認定のリスクがある領域に入ります。尽きる前に、現金入金か、利息・返済計画を整えた貸付けかを決めておくのが安全です。
お金は動かなくても、帳簿には載る
家賃を受け取る権利(会社)と役員借入金(会社の負債)を互いに差し引く(相殺)
- 損益計算書:家賃収入が計上される(仕訳の例は、借方 役員借入金 / 貸方 受取家賃)
- 貸借対照表:役員借入金(負債)が減る。決算書の負債が毎期減って見えるのはこのため
- 役員から見ると、会社への貸付金の一部が返ってきて、そのまま家賃の支払に充てられた形
リスク・メリット・デメリットの一覧
| 観点 | 内容 | 注意度 |
| 家賃の額の不足 | 役員には賃貸料相当額の全額の徴収が必要。不足分は給与課税・源泉徴収の対象。相殺でも解消しない | 高 |
| 相殺の証拠 | 相殺は意思表示が必要。仕訳だけでは弱いため、契約書・相殺合意書・議事録を残す | 中 |
| 借入金の実在性 | 借入金が実際の資金移動で裏づけられていないと、相殺方式の前提が崩れる | 高 |
| 借入金が尽きた後 | 未収家賃や役員貸付金になり、認定利息・役員賞与認定・会社法上の承認の問題が出る | 高 |
| 金融機関の評価 | 役員借入金は実質的な資本として見られることが多く、減ると評価が下がる可能性 | 中 |
| 相続税・株価 | 貸付債権は減り、自社株の評価は上がる方向。ただし家賃を現金で受け取っても同じ効果 | 中 |
| メリット | 現金の入出金が不要で事務が簡便。長期的には役員借入金の整理につながる | — |
借入金が不足したときの選択肢
| 選択肢 | 見方 |
| 役員が現金で入金する | 最も明快で、問題が生じにくい |
| 会社が役員に貸し付ける | 利息の取扱い、返済の実態、取締役会(または株主総会)の承認、契約書の整備が必要 |
| 利息を徴収し、返済計画を作る | 貸付金としての実態を示しやすい。年1.3%(令和8年中の貸付け)が目安 |
主な確認事項
- 家賃の額が、通常の賃貸料の額(算式による額)以上か。豪華社宅に当たらないか
- 役員借入金は、実際の資金移動に裏づけられているか
- 相殺の合意書・賃貸借契約書・議事録があるか
- 役員借入金は、あと何年で尽きる見込みか
- 取締役会設置会社か。役員との取引の承認を取っているか
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1 前提
会社所有の住宅に役員が居住し、会社が役員から家賃を受け取る形(役員社宅)を想定します。役員所有の物件を会社が借りている場合は、7章に記載します。
役員借入金は、会社にとっては負債ですが、役員にとっては会社に対する貸付債権です。
2 家賃の額と給与課税
2-1 賃貸料相当額の算式
役員に住宅を貸す場合の「通常の賃貸料の額」は、所得税基本通達36-40・36-41で定められています(国税庁タックスアンサーNo.2600)。
| 区分 | 賃貸料相当額(月額) |
小規模住宅 (法定耐用年数30年以下の建物は132㎡以下、30年超は99㎡以下) | 次の3つの合計額 ・建物の固定資産税課税標準額×0.2% ・12円×(建物の総床面積÷3.3㎡) ・敷地の固定資産税課税標準額×0.22% |
| 小規模でない自社所有住宅 | (建物の課税標準額×12%〔耐用年数30年超は10%〕+敷地の課税標準額×6%)÷12 |
会社が他から借りて貸与する住宅 (小規模住宅を除く) | 会社が家主に支払う家賃の50%と、上の算式による額のいずれか多い額 |
豪華社宅 (240㎡超などで総合判断) | 算式は使えず、市場賃料相当額(所得税法施行令84条の2、平成7年4月3日付課法8-1・課所4-4) |
- 使用人は賃貸料相当額の50%以上を徴収すれば課税されない扱い(所得税基本通達36-47)がありますが、役員には適用されません。全額の徴収が必要です。
- 240㎡を超えるだけで、ただちに豪華社宅とはされません。プールなど一般の住宅にない設備があれば、240㎡以下でも該当し得ます。
- 固定資産税の課税標準額が改訂された場合は、改訂後の額に係る第1期の納期限の属する月の翌月分から、改訂後の額で再計算します(所得税基本通達36-42(2))。
2-2 不足した場合
- 賃貸料相当額と実際の徴収額との差額は、役員への経済的利益として給与課税の対象になり、源泉徴収が必要です(所得税法28条・36条・183条)。
- 徴収漏れがあれば、納税告知処分(所得税法221条)や不納付加算税(国税通則法67条)の問題になります。
- 相殺方式は、家賃の「支払方法」を簡略にするだけです。家賃の額が足りるかどうかの判定には影響しません。
2-3 法人税側の扱い
- 役員給与のうち、定期同額給与などに当たらないものは損金不算入です(法人税法34条)。
- 役員の居住用の家屋を低い価額で提供した場合の差額は、経済的利益の例として挙げられています(法人税基本通達9-2-9(6))。毎月おおむね一定であれば、定期同額給与の範囲に含まれ得ます(同9-2-11(2))。
- 賃貸料相当額を徴収していて、所得税で給与課税されない範囲であれば、法人税でも役員給与として扱わないとされています(同9-2-10)。
- 期中に役員報酬を増額して不足を埋めると、定期同額給与に当たらず損金不算入となるため、報酬の設計は期首から行います。
3 相殺の法的な整理
- 互いに同種の債務を負い、双方が弁済期にあるときに、対当額で相殺できます(民法505条1項)。
- 相殺は、当事者の一方から相手方への意思表示で行い、条件や期限は付けられません。効力は、相殺できる状態になった時にさかのぼります(民法506条)。
- 帳簿上の仕訳だけでは、意思表示の証拠として弱いため、次のものを整えておくと安心です。
- 賃貸借契約書(賃料の額、支払日、相殺による支払方法の定め)
- 毎月または毎期の相殺通知書、あるいは包括的な相殺合意書
- 役員借入金の元帳と、発生原因(いつ、いくら、どの口座から)の資料
- 取締役会(または株主総会)の承認の議事録
- 役員報酬の未払いや簿外資金の穴埋めなど、実際の資金移動を伴わない借入金を相殺で消していく構造は、調査で説明を求められやすい点に注意が必要です。
- 家賃は、相殺しても総額で収益に計上します。住宅の貸付けは消費税が非課税です(消費税法別表第二13号)。
4 借入金が減ることの影響
4-1 決算書と金融機関の見方
負債が減り、見かけの財務内容は良くなります。一方で、金融機関は役員借入金を返済を急がない資金(実質的な資本)に近いものとして見ることが多く、減ると評価が下がる可能性があります。減少の理由が相殺であることは決算書だけでは分からないため、内訳や推移の説明資料を用意しておくと安心です。
4-2 相続税・株価
- 役員の貸付債権は相続財産で、元本と既経過利息の合計で評価します(財産評価基本通達204)。債務者が法的整理に入った場合などは、回収不能部分を除くことができます(同205)。
- 会社の純資産が増えるため、自社株の評価は上がる方向に動きます(純資産価額方式:財産評価基本通達185。類似業種比準方式でも、利益や純資産の要素が増えます)。
- この効果は、家賃を現金で受け取った場合も同じです。相殺そのものの効果ではなく、家賃を実際に徴収することの効果です。
4-3 債権放棄との違い
役員が借入金を放棄すると、会社に債務免除益が生じます(法人税法22条2項)。相殺は放棄ではなく、家賃の支払に充てた形のため、別の問題です。
5 借入金が不足した場合
借入金が尽きた後の家賃は、会社から見ると、役員に対する未収家賃(未収入金)または貸付金になります。
| 論点 | 内容 |
| 認定利息 | 無利息・低利の貸付けでは、通常の利息相当額が、法人では益金、役員には給与(経済的利益)として扱われるおそれがあります(法人税法22条2項、法人税基本通達9-2-9(7)、所得税基本通達36-49)。 |
| 利率の目安 | 国税庁タックスアンサーNo.2606によると、令和8年中の貸付けは年1.3%、令和4年から令和7年中の貸付けは年0.9%です。例:令和8年中に2,000万円を無利息で貸すと年26万円が目安です。認定利息は元々の元本にのみかかります。 |
| 課税されない例外 | 災害・病気等の臨時の生活資金、合理的な貸付利率で貸す場合、認定利息と徴収額の差額が年5,000円以下の場合(所得税基本通達36-28) |
| 役員賞与の認定 | 回収の意思や返済計画がなく長期間滞留すると、貸付けではなく給与と認定され、全額が損金不算入となるおそれがあります(法人税法34条)。 |
| 貸倒れ・債権放棄 | 役員への貸付金の貸倒損失は現実的に難しく、債権を放棄すれば役員給与として扱われます(法人税基本通達9-2-9(4))。 |
| 行為計算否認 | 利息を取らない、返済させないなど不自然な処理は、同族会社の行為計算否認(法人税法132条)の対象となり得ます。 |
| 会社法の承認 | 会社と取締役の取引は、取締役会設置会社では取締役会、非設置会社では株主総会の承認が必要です(会社法356条1項2号、365条1項)。 |
| 印紙税 | 金銭消費貸借契約書は第1号の3文書として課税対象となり得ます。 |
6 メリット・デメリットと実務上の対応
6-1 メリット
- 現金の入出金が不要で、事務が簡便
- 役員が家賃を現金で用意する負担がなく、会社も借入金の返済資金を用意しなくてよい
- 長期的には役員借入金の整理(解消)につながる
6-2 デメリット・リスク
リスク
- 借入金が尽きると、未収家賃や役員貸付金の問題に移行する
- 家賃が賃貸料相当額に足りない場合の給与課税は、相殺でも解消しない
- 相殺の合意や借入金の実在を示す資料が弱いと、調査で説明に苦労する
- 役員借入金の減少で、金融機関の評価が下がるおそれがある
- 貸付債権が減り自社株の評価が上がるため、相続税への影響を事前に試算する必要がある
6-3 実務上のおすすめ
- 毎年、固定資産税の課税標準額の見直し後に、家賃が賃貸料相当額以上かを確認する
- 賃貸借契約書、相殺の合意書、取締役会または株主総会の議事録を整備する
- 役員借入金の残高と今後の家賃負担を比べ、いつ尽きるかを、利益予想の際に確認する
- 尽きる前に、現金入金へ切り替えるか、貸付けにして利息・返済計画を整えるかを決めておく
7 前提が違う場合・補足・出典
7-1 役員所有の物件を会社が借りている場合
- 会社が役員に家賃を払う立場になり、互いに債権・債務がある関係ではないため、「相殺」ではなく、借入金の返済に充てる整理になります。
- 相場より高い家賃は、役員への経済的利益として損金不算入となるおそれがあります(法人税法34条)。
- 役員側では、家賃の全額が不動産所得の収入です(借入金の返済に充てた分も含みます)。
7-2 その他の補足
- 社会保険では、社宅の徴収額が現物給与の価額を下回ると、標準報酬に差額が加わる場合があります。所得税の賃貸料相当額とは別の基準のため、年金事務所や社会保険労務士への確認をおすすめします。
- 親会社が子会社へ無利息で融資した事案で、通常の利息相当額を寄附金と認定した裁判例(大阪高裁昭和53年3月30日判決)があります。親子会社の事案で、役員への貸付けに直接当てはまるものではありません。
7-3 確認すべき事実関係
- 家賃の算定根拠、建物・敷地の固定資産税課税標準額、床面積、法定耐用年数
- 豪華社宅に当たらないか(240㎡超、プール等の特殊設備)
- 役員借入金の発生原因と残高、いつ尽きる見込みか
- 賃貸借契約書、相殺の合意書、議事録の有無
- 取締役会設置会社かどうか
- 家具・家電等の備品を役員に貸していないか
- 役員以外に株主がいるか
7-4 主な出典
- 国税庁タックスアンサー No.2600(役員に社宅などを貸したとき)、No.2606(金銭を貸し付けたとき)、No.6201(消費税の非課税取引)
- 所得税基本通達36-28、36-40〜36-49、法人税基本通達9-2-9〜9-2-11
- 平成7年4月3日付課法8-1・課所4-4(役員に貸与した住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算)
- 国税不服審判所 裁決事例集No.78・237頁(役員への住宅貸与と経済的利益)